誠心誠意の医療

当院の理念

患者さんの心身の治癒に専心する
専門知識の研鑽と人格形成に努める
社会の変化に柔軟に対応し、地域に貢献する

医療法人 出田会について

医療法人出田会理念「誠の心」は、初代院長保雄が信条としていた座右の銘です。出田眼科病院、そして出田会の全面的支援を受けて創立した社会福祉法人鳳鳴会・鳳鳴保育園(2016年4月開園)の運営理念として生かされています。

1917年(大正6年)に出田保雄は1年間のシカゴ大学病院での眼科手術研修を終えた後、城南町隈庄で眼科診療所を始めました。その翌年に現在地・熊本市呉服町に眼科出田病院(現・出田眼科病院)を開設したのです。大戦中も戦災の下、治療を続けました。

1945年(昭和20年)から出田邦夫が二代目病院長を務めました。邦夫は第二次世界大戦中支出征中に長男が四歳で早世する不幸に遭いました。

1980年(昭和55年)法人設立に伴い、出田眼科病院二代目院長の出田邦夫が初代理事長に就任しました。1966年(昭和41年)から20年間、熊本県医師会の会長も務め、診療を通しての地域貢献と医療環境改善のために尽力しました。

1990年(平成2年)の実父邦夫の逝去後に、出田節子が理事長を継ぎ、経営管理を担当しました。三代目院長の出田秀尚は専門分野である網膜硝子体疾患の治療を中心として、医療の充実に努めました。専門分野以外の難治の緑内障等の疾患には、各地の素晴らしい専門医の協力を仰ぎ、患者さん共々本院のスタッフも助けられています。2009年(平成21年)から網膜硝子体専門の長男出田隆一が四代目院長を務めました。その後、次男出田真二が2年間の呉服町診療所院長を経て2019年4月から出田眼科病院の院長に就任しています。五代目院長は眼瞼、涙道等の外眼部疾患を専門としています。この分野を専門とする眼科医は少なく、出田眼科ならではの手術を施行してくれるものと心強く思っています。現職の網膜硝子体専門の副院長川崎医師に加え、緑内障治療に著名な松元医師が副院長に就任しました。

眼の総合病院を目指して医療法人出田会は患者さんに寄り添い、地域に根ざした医療機関として充実してまいりたいと思います。

「誠の心」の理念の基、一筋の道を歩み続けて行く所存です。今後とも、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

理事長 出田節子

 

当院のあゆみ

  • 1912年
    初代(保雄)日本医学校卒業
  • 1913年
    初代(保雄)、医術開業試験に合格
    東京養育院眼科・お茶の水井上眼科病院にて研修
  • 1915年
    初代(保雄)、シカゴ大学医学部に約1年間留学
    医学士の称号授与される
  • 1917年
    郷里の城南町隈庄で眼科開業
  • 1918年
    熊本市中央区呉服町(現ふれあいセンター)に診療所開設
  • 1935年
    初代(保雄)、近代設備の眼科病院を新築
    二代目(邦夫)、熊本医科大学眼科入局
  • 1938年
    二代目(邦夫)、中支へ出征、4年後帰国
  • 1944年
    二代目(邦夫)、熊本医科大学講師
初代病院外観
  • 1945年
    二代目(邦夫)二代目院長に就任
  • 1952年
    二代目(邦夫)、熊本県医師会理事に就任
  • 1957年
    三代目(秀尚)、熊本大学医学部入学
  • 1964年
    二代目(邦夫)、日本眼科医会理事就任
    三代目(秀尚)、米国医師国家試験ECFMG合格
  • 1966年
    二代目(邦夫)、熊本県医師会会長就任(20年間)
  • 1969年
    三代目(秀尚)、米国ニューヨークで
    主に網膜硝子体疾患の理論を学ぶ
  • 1972年
    三代目(秀尚)、ボストンのハーバード大学附属病院
    マサチューセッツ眼鼻科病院のDr.スケペンスのもと、網膜硝子体フェローとして手術手技を学ぶ
  • 1973年
    二代目(邦夫)、熊本県対ガン協会長就任(12年間)
  • 1974年
    三代目(秀尚)、米国より帰国・熊本大学医学部講師(~1974年)
  • 1975年
    二代目(邦夫)、日本医師会最高優功賞を受く
  • 1977年
    三代目(秀尚)、文部省よりオランダ・ベルギーに出張を命ぜられる(1カ月)
  • 1978年
    従来のレンガ建築を壊し、現在の旧館の工事を着工
Ⅰ期棟外観
  • 1979年
    二代目(邦夫)、勲三等瑞宝章受賞
    三代目(秀尚)、出田眼科病院三代目院長就任
    日本網膜剥離研究会世話人、現日本網膜硝子体学会顧問(~2007)
    二代目(邦夫)、理事長就任
  • 1980年
    医療法人出田会となる。
  • 1983年
    二代目(邦夫)、日本対ガン協会賞受賞
  • 1984年
    三代目(秀尚)、熊本県眼科医会理事(~1998)・九州眼科医会役員(~2006)
  • 1985年
    二代目(邦夫)、熊日賞受賞
  • 1987年
    三代目(秀尚)、Schepens International Society理事
  • 1989年
    70年記念誌「飛翔」発行
    病院文集「ふれあい」10号発行
  • 1990年
    二代目(邦夫)、心不全のため死去。享年82歳
    秀尚妻節子(邦夫二女)理事長就任
  • 1993年
    診療棟完成(7月)・ふれあいセンターがオープン(10月)
    三代目(秀尚)、日本眼科医会代議員(~2002)
    隆一、久留米大学医学部を卒業・東京大学医学部眼科学教室入局
  • 1995年
    診療棟がバリアフリーデザイン大賞受賞
  • 1996年
    診療棟が熊本市優秀建築物受賞並びに熊本県アートポリス推進賞受賞
    隆一、東京女子医大糖尿病センター眼科助手
  • 1997年
    隆一、東京厚生年金病院眼科勤務
  • 1998年
    「くまもと やさしいまちづくり」第一回表彰受賞
    隆一、東京大学医学部文部教官助手(角膜移植部医局長)
  • 1999年
    (財)日本医療機能評価機構「一般病院種別A」認定
    三代目(秀尚)、日本眼科学会評議員(~2005)
  • 2000年
    隆一、出田眼科病院勤務
    真二、福岡大学医学部を卒業・慶應義塾大学医学部眼科学教室入局
  • 2001年
    臨床修練指定病院に指定
    真二、静岡赤十字病院眼科勤務
  • 2002年
    秀尚、
    熊本県眼科医会会長(~2006)
    日本失明予防協会評議員(~2012)
    熊本県角膜・腎臓バンク協会理事(~2006)
    日本眼科医会常任理事(~2006)
    隆一、
    東京大学医学部文部教官助手(眼科学教室勤務)
  • 2003年
    真二、慶應義塾大学病院眼科勤務
  • 2004年
    熊本大学医学部附属病院の協力型臨床研修病院に指定
    (財)日本医療機能評価機構の認定を更新(第一回)
    隆一、東京大学医学部文部教官特任講師
    真二、聖隷浜松病院眼形成眼窩外科勤務
  • 2005年
    患者友の会『こもれび』(現・『友の会・こもれび』)発足
    真二、慶應義塾大学病院眼科(眼形成眼窩外科担当)勤務
  • 2006年
    秀尚、日本眼科医会代議員(〜2008)・熊本県眼科医会顧問(〜2014)
  • 2008年
    呉服町診療所開設
    隆一、出田眼科病院副院長就任
    三代目(秀尚)、日本眼科医会代議員会議長(~2012)
現診療棟外観
呉服町診療所外観
  • 2009年
    三代目(秀尚)、出田眼科病院名誉院長就任
    隆一、出田眼科病院四代目院長就任
    財)日本医療機能評価機構の認定を更新(第二回)
  • 2010年
    第1回ロービジョン教室開催
  • 2013年
    隆一、東京大学医学部非常勤講師
  • 2014年
    (財)日本医療機能評価機構の認定を更新(第三回)
    真二、慶應義塾大学眼科非常勤講師
  • 2015年
    真二、出田眼科病院眼形成診療部長就任
  • 2017年
    真二、呉服町診療所院長就任
  • 2019年
    真二、出田眼科病院五代目院長就任
    (財)日本医療機能評価機構の認定を更新(第四回)